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再会

 みなさん、こんにちは

 講師紹介のところでご紹介しましたが、私は1996年12月から1999年1月までの2年と1か月、ベトナムの首都ハノイで日本語を教えていました。


 そして、今回久しぶりにベトナムを訪れて彼女達と再会することができました。

再会
10年以上会っていない人もいましたが、みんな相変わらず可愛かったです

 
 当時の大学生達はお金のない子たちが多くて、みんなつつましく質素に暮らしていました。

 でも、本当にまじめに勉強するので、日本語を習って3か月もたてば日本語だけで話すことができたんです。

 本当に頭が下がります。


 再会
 男の子はママにそっくりです。誰がママか分かりますか 


 そして、今久しぶりにみんなと再会して、私は本当に安心するやら感慨に浸るやら…とにかくとても幸せな気持ちになりました。


 予想通りみんな結婚してお母さんになっていました。

 子供も1人、2人いて、それがまた可愛いんです。

 当時日本語を熱心に勉強しただけあって、みんな日本語関係の仕事をしているそうです。

 なるほど、日本語力は当時より格段上達しています。

 再会
 昔は教室でおとなしく座ってあまり発言をしなかった人も、とても立派な社会人になっていて安心しました。


 当時、どこへ行くにも自転車で、携帯電話なんか考えられなかった人たちが、華麗にiPhongやiPadを使いこなしている様子は格好よかったですよ。


 ご主人が車を持っていたり、家政婦さんを雇っていたりと、ずいぶん豊かな生活をしている人もいるようでした。



 彼女達の成長ぶりは、私の目にはベトナムという国の成長そのものに映りました。


 さあ、私も頑張らなくては

 勇気と元気をもらった再会でした

 みんなに連絡を取ってくれたランさん、そして忙しい中集まってくれた皆さん、本当にありがとうございました。


 では、また




 
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ベトナム人のTさん

 みなさん、こんにちは

 今日はベトナムのTさんのお話です。


 これまでこのブログでは、にほんごレッスンHANAでこれからやっていく予定のプライベートレッスンや少人数のグループレッスンを受けたみなさんをご紹介してきました。


 大学や日本語学校の20人前後のクラスの学習者の皆さんは、HANAと学習形態がずいぶん違いますので、お伝えしてきませんでした。


 しかし、その中に1人だけどうしても私がみなさんにご紹介したい人がいます。


 それは、ベトナムの首都ハノイの大学で日本語を勉強していたTさんです。

 Tさんはスリムな美男子で、どこか飄々としたところがありました。でも、とてもユーモアがある真面目ないい学生でした。

先生の日
 Tさんとクラスメート達。先生の日に教室でささやかなパーティーを開いてくれました。

 当時のベトナムは、今よりずっと貧しくて、Tさんもそんなにお金持ちの学生ではありませんでした。

 大学の近くに友だちと小さな部屋を借りて、慎ましく住んでいました。

 パーティーで記念写真
 彼らはよくパーティーを開いてくれました。とても楽しいひと時でした。

 1度Tさんの実家に遊びに行ったことがあります。

 ハノイから南に海沿いに下った街がTさんの故郷です。

 Tさんは私を自転車の後ろに乗せて市内を案内してくれました。華奢なTさんがデブの私を後ろに乗せて、器用にスーイスーイ市内を行くのですが、時間がたつにつれて、がたがた道や線路の上などはお尻が痛くて悲鳴を上げそうになりました。それをTさんはニコニコ笑って見ていました。
 
 本当に痛かったんです。今でもはっきり覚えています。

 やがて私は日本に戻り、また日本語の仕事を始めていました。

 当時は非常勤講師でしたから、夏休みはすっかりフリーです。その頃、毎年夏休みはベトナムで過ごすこと事にしていました。

 ある夏にベトナムを訪問したとき、Tさんですが重い病にかかっているということを聞きました。

 それで、私はもう一度Tさんの実家を訪ねました。

 元気な頃の面影もないほどやせてしまったTさんは、それでも私を笑顔で迎えてくれました。私は彼にどんな言葉をかけたらいいのか、分からなくなっていました。

 ハノイ市内に戻るバスターミナルまで、疲れた体を引きずってTさんは見送りに来てくれました。

 バスが出ようとしたとき、Tさんは急に駆け出しました。そんな力が残っていたのかと驚くほどに…。

 そして、まだ開いていたドアから私に向かって「この運転手はよくない人だから、気をつけて」と力の限り叫んだんです。

 人の心配などしている場合ではないはずなのに、重病のTさんは私のことを心配してくれたのです。Tさんはそんな人でした。

 それが私が見たTさんの最後でした。

 パーティーの男の子達
 Tさんが元気だった頃、パーティーで。赤いジャケットがTさんです。

 いつの頃だったか忘れてしまいましたが、Tさんのメールアドレスを聞いたところ、「smilealways@××××」だったそうです。

 もうTさんに会うことはできないけれど、私はいつもTさんの写真を見ては、Tさんに対して恥ずかしくない日本語教師でいようという気持ちを新たにするのです。





J men’sがやってきた!!

 みなさん、こんにちは

 今日はちょっと変り種の学習者さんをご紹介しましょう

 彼らが教室にやってきたとき、目が点になりました



 それは当時私が教えていた某日本語学校の教室です。

 彼らは、「J.men’s 」のダンサー達でした。たしか、全員アメリカ人だったと思います。

 みなさんは「J.men’s」をご存知でしょうか。

 こーんな人たちが…

             Jmen's


 こーんなビキニパンツをはいて…

                 ビキニパンツ

                  …踊るのです。

 女性達はそれを見て「キャーキャー」大興奮、チップをパンツにはさんだり、抱きついたりするのです。

 バブリーな時代でしたね

 当時、九州の繁華街に「J.men’s」があって、そこのダンサー達が日本語を習いに来たのでした。


 教室に来るスタイルはランニングに短パン、目のやり場に困りました  


 例文も個性的で、初級の例文に「私は部屋で〇〇します」というのがあります。

 「あなたは部屋で何をしますか」という質問に対して、たいていの方は「部屋で勉強します」とか「部屋で本を読みます」というような答えなのですが、J.men’sの答えは「私は部屋でS〇Xします」だったので、大爆笑してしまいました。

 最初は4人ぐらいだったのですが、やっぱり仕事と勉強の両立は大変だったのでしょう、1人減り、2人減り…とうとう最後の1人になりました。

 でも、1人になった彼はコースの最後まで頑張りました。

 そして、私たちをお店に招待してくれたのです。

 初めての「J.men’s」はやっぱり赤面ものでしたが、みんな本当に素敵でした

 あのときのJ.men’sは、今、日本語をちょっとでも覚えてくれているでしょうか


  

 では、また

スウェーデン人のBさん

 みなさん、こんにちは

 今日はスウェーデン人のBさんのお話です。Bさんのレッスンは、私個人の仕事ではなく、当時私が働いていた某日本語学校の仕事でした。


 スウェーデンの国旗
 スウェーデンの国旗。青は王朝の紋章の色で、昔、フィンランドとの戦いの直前にエーリク王が青空を金の十字が横切るのを見たという故事から来ているそうです。


 突然ですが、みなさんはバイキングをご存知ですか。バイキングといっても料理の話じゃありませんよ。

 私が子供のころ、「小さなバイキング ビッケ」というテレビアニメが放送されていました。


                     ビッケ
                ビッケです。分かる方、同世代ですねぇ

 
 ビッケは海賊バイキングの少年です。体も小さくて力もなくて、暴力も嫌いです

 ビッケのお父さんは海賊なのですが、一緒に船に乗っているビッケは、何か問題が起きたとき、腕力で解決するのではなくて、智恵を出して解決するんです

 鼻をこすると、一休さんのように智恵が浮かびます。誰もビッケの智恵にかなわないんです。


 スウェーデン人のBさんは、まさしく「ビッケの子孫」のイメージぴったりの人でした


 Bさんはやっぱりスウェーデン人の奥さんと来日していました。

 彼のオフィスは福岡市内某所。

 オフィスはセキュリティがしっかりしていて、外からは開けることができません。

 中に連絡してあけていただくのですが、田舎者の私などとても敷居の高いオフィスでした

 日本人と外国人が一緒に働いているそこは、公用語が英語。一人ひとりのデスクがパーテーションで仕切られていて、まるで映画で見たような典型的な欧米スタイルのオフィス。

 夕方仕事が終わる頃に、そこに行って日本語のレッスンをするのですが、たいてい2~3人で、仕事が忙しいらしく、いつも参加しているのはBさんだけでした。

 仕事で使うのは英語ですから、特に日本語が必要なわけではないのですが、とても熱心に勉強していました。ただ、一番印象に残っているのは、いつもBさんはウイットに富んでいて、楽しみながら日本語を勉強していた事です。

 
 初級の例文に「日本語の勉強は難しいですが、面白いです」というのがあります。

 たいていの例文はすっと理解してくれるBさんが、この文だけは理解できないと言います。よくよく聞いてみると、「日本語の勉強は難しいです。そして面白いです」と言いたいらしいのです。

 「難しい」をネガティブと捕らえて「面白いです」というポジティブな文に接続するので、普通は「難しいですが、面白いです」と逆接の「~が」を使うのですが、Bさんにとって「難しいです」はチャレンジしがいのあるポジティブな事なので、逆接ではなく、順接を使いたいのだそうです。

 何て素敵な発想なんだと感心してしまいました

 
 もう彼はスウェーデンに帰国してしまいましたが、北欧の国、スウェーデン…バカンスは郊外のサマーハウスに行って過ごすそうです。

 幸福度ランキングで常にベスト3に入る自然が美しいオーロラの国。それが私のスウェーデンに対して持っているイメージです。

 いつかBさんのサマーハウスに行ってみたいなぁ…。



 では、また
 
 

 

中国人のZさん

 みなさん、こんにちは

 今日は中国人のZさんのお話です。

 Zさんは、私よりお姉さんの中国人女性

 年下のご主人と、小学生の娘さんの三人で県内某市に住んでいました。

 お2人とも錦州の出身で、ご主人の仕事の都合で福岡に来ていた方です。

 既に独学で初級は終えていて、中級を勉強したいという事でした。

 レッスンは週に2日、夕方までご自宅の近くで仕事をしていたZさんが帰宅される頃、私が訪問していました。

 とても飲み込みの早い熱心なZさんでしたから、私も楽しく教える事ができました。横ではお嬢さんも勉強しています。きっと小学校の宿題だったのでしょうね。

 2人(3人)で勉強していると、ご主人が帰宅される気配がしますが、勉強はそのまま続きます。

 やがて、台所から料理を作る音とい~い匂いがしてきます。仕事でお疲れでしょうに、ご主人が食事を作られているのです。私のお腹も鳴ります。

 勉強が終わると、一緒に夕食をいただきます

 本来ならそのまま私は帰るべきなのに、私の好きな鶏肉料理をわざわざ作ってくれて、一緒にと誘ってくれるのです。で、結局たいていZさんのご自宅で夕食をいただいていたように記憶しています。なーんてずーずーしい先生だったのでしょう。


 とても暖かいZさんご家族との時間は、暖かい思い出とご夫婦の笑顔と一緒に私の心の中に残っています。中国人男性っていいなあと思ったZさんご家族でした。

 では、また
  

  
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Author:HANA
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